ブライダル業界専門
人材採用・育成コンサルタントの佐々木寿美子です。
「日々の業務に追われているわけではないのに、なぜか頭も気持ちも重たい」
「大きなトラブルが起きているわけではないが、組織全体に閉塞感が漂っている」
もしあなたが今、このような感覚を抱いているとしたら、それは仕事量(タスク)の問題ではなく、
「未決定(決まっていないこと)」の積み重なりが原因かもしれません。
特に組織のルール作りや人事に携わる立場において、この「未決定」がもたらすエネルギーの消耗は、
目に見えないところで甚大な被害を及ぼします。今回は、なぜ「決めないこと」が組織を疲弊させるのか、
そして私たちはどのようにして「決める勇気」を持つべきなのかを深く掘り下げていきます。
1. 「忙しい」の正体は、仕事量ではなく「未決定」の数
多くのビジネスパーソンが「忙しくて余裕がない」と口にします。しかし、その内訳を精査してみると、
実は手を動かしている時間よりも、「どうしようか」「どうなるんだろう」と考えたり、調整したりしている時間の方が圧倒的に長いことがあります。
人事でよく見られる光景を例に挙げましょう。
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新しい評価制度の方向性が曖昧なまま、時間だけが過ぎていく
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働き方のルールについて「いったん様子見」という判断が数ヶ月続いている
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現場からの要望に対して、明確な「Yes/No」を出さずに引き延ばしている
これらは一見、慎重に検討を重ねている「仕事」のように見えます。
しかし実態は、「決まっていないこと」が脳のメモリ)を占有し続けている状態です。
人は、完了したタスクよりも、中断されていることや未完了のことを強く記憶する傾向があります。
「決まっていない」という状態そのものが、私たちの脳に常に負荷をかけ続け、
じわじわとエネルギーを奪っていくのです。
2. 「決めない」という選択が、現場に「余計な仕事」を創り出す
「今はまだ決められない」という判断は、その場ではリスクを回避したように見えるかもしれません。
しかし、そのツケは必ずどこかに回ります。多くの場合、その矛先は「現場」です。
人事で決めきれないことが増えると、現場では次のような負の連鎖が起こります。
① 現場による「その場しのぎ」の判断
明確な基準がないため、現場のリーダーがその都度、独自の判断を下さざるを得なくなります。
すると、「A課長はOKと言ったのに、B部長にはダメと言われた」といった不整合が起き始めます。
② 「確認」という名のムダなコミュニケーションの増殖
ルールが曖昧だと、現場は不安になります。その結果、「これってどうすればいいですか?」という
確認のメールや電話が人事部に殺到します。
決めなかったことで、結果として人事部側も「対応」という別の仕事に追われることになるのです。
③ 監視とチェックの強化
決まっていない不安を解消するために、組織は「管理」を強めようとします。
報告書の枚数が増え、承認ルートが複雑になり、チェックのためのチェックが生まれる。
決めれば不要だったはずの「管理コスト」が膨れ上がっていくのです。
「決めなかった結果、別の形で仕事が増える」。
これは組織における最も皮肉で、かつ避けるべき損失です。
3. なぜ「責任感」が強い人ほど決められなくなるのか
ここで誤解してはならないのは、決められない人たちが「怠慢」なわけではないということです。
むしろ、「責任感が強く、誠実な人」ほど、決断の袋小路に迷い込みやすいという側面があります。
なぜなら、人事や組織に関わる決断には、常に以下のプレッシャーがつきまとうからです。
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影響範囲の大きさ: 自分の下した一つの決断が、数百人、数千人の社員の生活やモチベーションに直結する。
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「正解」の不在: Aさんにとっては良い決断でも、Bさんにとっては不利益になる可能性がある。全員を満足させる答えは存在しない。
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結果による評価: 人事の仕事は、数年経ってから「あの時の判断が悪かった」と後日談で語られやすい。
「間違えたくない」「誰一人傷つけたくない」という優しさと責任感が強ければ強いほど、
人は「もう少し情報を集めてから」「もっと慎重に議論してから」と、決断を先送りにしてしまいます。
しかし、その「優しさ」が、結果的に「なんとなくやりにくい組織」という
誰にとっても不幸な状況を作り出してしまうことも、私たちは直視しなければなりません。
4. 「決断の先送り」が奪う、組織の目に見えない資産
決断を先送りにすることで失われるのは、時間だけではありません。
組織にとって最も大切な「信頼」と「活力」という資産が失われていきます。
心理的な「不公平感」の蓄積
ルールが決まっていない状態は、声の大きい人の意見が通ったり、
その時の気分で物事が決まったりする温床になります。
真面目にルールを守ろうとする社員ほど、この「曖昧さ」に不満を抱き、組織への信頼を失っていきます。
組織の「スピード感」の喪失
一度「決めない文化」が定着してしまうと、あらゆる物事が会議を通過するだけの
「検討事項」になっていることも。変化の激しい現代において、このスピードの欠如は命取りになります。
「自律性」の低下
上層部が決めてくれない以上、現場は勝手なことができなくなります。
指示待ち人間が増え、自分たちで現状を変えようとするエネルギーが失われていきます。
5. 人事に求められるのは「正解」ではなく「仮説と責任」
では、私たちはどうすれば「決める」ことができるようになるのでしょうか。
そのためには、「決断」に対する定義を書き換える必要があります。
人事の仕事における「良い決断」とは、最初から100点満点の正解を当てることではありません。
そうではなく、以下のサイクルを回すことこそが、真の「責任ある決断」です。
① 現時点での「仮の答え」を出す
今ある情報の中で、最善と思われる「仮説」を立て、一度線を引きます。
100%の納得感を得ようとするのではなく、60%〜70%の確信が持てた段階で
「今回はこれでいく」と決める勇気が求められます。
② 実行し、結果を直視する(見る)
決めたことを実行に移し、現場で何が起きているかを注意深く観察します。
不都合が起きていないか、不満がどこに溜まっているかをフィードバックとして受け取ります。
③ 必要なら潔く修正する(直す)
「一度決めたことだから変えられない」という固執こそが、決断を重くする要因です。
「やってみて不都合があれば、3ヶ月後に見直します」という修正の余地を
あらかじめ設計に組み込んでおけば、決断のハードルはぐっと下がります。
「決める → 見る → 直す」
この軽やかなサイクルこそが、変化の激しい時代において組織を安定させる唯一の方法です。
6. 「ここまでは決める」という境界線を引く重要性
人事やリーダーに求められる究極の仕事は、「境界線を引くこと」に集約されます。
「ここからここまでは、全社共通のルールとして人事が決める。
しかし、ここから先は現場の裁量に任せる」
この境界線が明確であれば、現場は迷うことがありません。
逆に、この線が曖昧だと、現場はすべてを人事に相談し、人事もすべてを管理しようとして、
お互いに動けなくなります。
「完璧な答え」でなくても構いません。「ここまでは決まった」という事実が提供されるだけで、
組織のエネルギー漏れは劇的に改善されるのです。
今、あなたの手元にある「未決定」は何ですか?
あなたのデスクの引き出し、あるいはデスクトップのフォルダの中に、
「いったん保留」にされたままの企画書や相談案件はありませんか?
それらは、単なる書類ではありません。
あなたの、そして組織のエネルギーを奪い続けている「未決定」という名のコストです。
「決めないこと」で守れるものは、一時的な安心感だけかもしれません。
一方で、「決めること」で得られるのは、組織の風通しの良さであり、
現場の動きやすさであり、そして何より、あなた自身の心の軽やかさです。
完璧でなくてもいい。一度決めて、前に進めてみる。
その一歩が、停滞した組織に新しい風を吹き込むはずです。
今、あなたが「ここまでは決める」と一線を引くべきことは、何でしょうか?